手綱獲りの旅

いつのまにか時は流れおっさんになってしまってました。

毒親の子供に対する恐れ

私自身現在子供を持つようになって思うのが、

なぜ私の父は子供に

「誰のおかげで飯を食えてると思ってるんだ」とか

「言ってわからないなら体でわからせる」とか

そういう脅しをかけてきたのか、というのがまるで理解できないという点です。

なぜなら、全く自分の子供に対してそういう感情を持てないからです。

ただ大切で、ただ可愛い、と思うばかりでして、

「食わせてやってる」とか、「体でわからせてやる」とか

そんな物騒な考えはこれっぽっちも頭に浮かんできません。

もちろん、子供がなかなかこちらの思うとおりに行動してくれないときに

(これは子供なんだから当たり前)

イライラすることはあります。

でも、イライラして「勘弁してくれ」と思いつつも、

「子供なんだからこれが自然で怒ってもしょうがないよな」という考えが

常に頭の片隅にあるのです。

 

これは別に私が特に立派な人間だとかいいたいわけではなく、

わりとたくさんの親がそういう気持ちで子どもと向き合っている、というのが事実だと思います。

これが親として「ふつう」なのだ、と思います。

私に限らず、毒親育ちは「世間の親は自分の親と同じように考える」

「世間の大人は自分の親と同じように考える」と

刷り込まれて生きてきました。

なので、自分の親の異常性に気づくには成人後それなりに時間がかかってしまいます。

それも、きっかけがないとなかなか自分の親をおかしいと思うことはできません。

「やはり自分の親はおかしい」と気づくためには、

そうでない、もっと楽に幸せに生きている人たちがいっぱいいるということに気づく必要があるのです。

 

私の場合それは妻とその家族との出会いでした。

妻はとにかくのびのびした人で、

「末っ子だから甘い」と自分で言っていますが、

きちんと大人として自立した人で(当たり前ですが)

私は特にネガティブな印象を受けることはありませんでした。

彼女は私に気を遣って何かを言い出せないということがなく、

したいことはしたいとはっきり言う人なので、

それに対してこちらが気を遣うことがありません。

その理由が分かったのが彼女の実家に初めてお邪魔した時でした。

彼女の親、兄弟も、みなのびのびした人たちだったのです。

 

「自分の家族とこうも違うものか」

と今でも思っています。

そして私は妻の実家のごく近くに住んでおり、

仲良くお付き合いいただいています。

正直、実家よりも全然居心地がよいです。

 

私の父は中学校の美術教師でした。

田舎の中学校というのは、なかなかやんちゃな生徒が多いようで、

その対処に追われていたのだろうと想像がつきます。

そのせいなのでしょうか、

「なめられないように力で押さえつける」

結局、それが父の子供への接し方のすべてでした。

自慢げに「こういう悪い生徒がいたから二、三発殴った」とか

比較的学校の成績のよかった私に対して「俺も中学の時は一番だった」とか

絵を志した弟に対し、「俺も美術科の出身で、お前の絵はたいしたことない」とか、

そういう言動ばかりでした。

 

また、私が中高生のある時に、

「自分はそれなりに自立できる気がする」と何気なく言ったら、

「じゃあおまえ明日から全部自分で稼げ。この家の汚したところも全部掃除しろ」

などとむちゃくちゃなことを言ったことがあり、私は唖然としたのを覚えています。

 

とにかく、一事が万事こうなのです。

私の父にとっては、圧倒的に親は子供よりも上で、

子供に親が負けるなんてことがあってはいけないのです。

 

また、父は絵の腕に自信をもっているように見えました。

いや、本当は自信がなかったのかもしれません。

とにかく私や弟たちが絵を描くと、

それをほめるどころか、ケチをつけ、

いかに私たちに絵の才能がないかという話をするだけでした。

また、母も父と同じ大学出身で、

どうやら母は父の絵をうまいと思っているらしく、

そんな父から私たちを庇うどころか、

同調して絵をけなすばかりでした。

私は絵が好きだったのですが、

いつも「どうせ自分は下手だから」と思うようになりました。

学校で描いた絵を親に見せるのは何よりも苦痛でした。

「まあ、あんまりうまくないんだけど」

なんて自分で言いながら、一生懸命描いた絵を見せるのはたまらなかったです。

 

 

私は今、数学や自然科学を基本に、工学の分野で働いています。

これは本当に面白く、かつ奥深い分野です。

大天才ならともかく、私の場合はまだまだ自分の力不足を痛感する日々です。

それというのも、世界にはとんでもなく優秀な研究者がたくさんいて、

自分などは全然そのレベルに達していないなあと思うことばかりだからです。

でも、そういう毎日は嫌いではありません。

 

もし自分の子供がたとえば算数とか理科やなんかで、

知っている些細なことを自慢げに話してきたとしましょう。

あるいは、自分から見てちょっとまだまだだな、と思うレベルだったとしましょう。

そういう時、私は父のように

「いかにおまえのレベルが低いか」なんて物言いをする自分が想像できないのです。

なぜならば、学ぶことがたくさんあるという点では

自分も子供も全く同じであり、

自分の方が年を取っている分だけほんの少し知識が多いにすぎないからです。

むしろ、子供の興味の対象について、

それを面白がり、一緒に考えたり、意見を交換したりするでしょう。

学問は、競争の道具にするにはあまりにも懐が深い世界なのです。

非専門家を「素人」呼ばわりしてバカにする等、自身のレベルの低さを示す行為でしかありません。

 

おそらく、芸術の世界だってきっとそうでしょう。

懐が深く、プロからアマチュアまで、万人がその素晴らしさを享受できるだけの素晴らしい世界だと思います。

しかるに、私の父の情けない態度。

これは、父が謙虚さを持たず、かつ結局のところ美術に対しての自信がないがために、

素晴らしい美術の世界を子供を威圧する道具にしてしまったとういうことだと思います。

 

父は、「本当は絵描きになりたかったが、自分の父親に反対されて美術教師になった」

と言います。

そして、「だからお前たちの進路について俺は口出ししない」と言っていました。

私はそれに感心したものでした。

ですが、本当に「父親が反対した」ために「美術教師になった」のかどうか、

実は事実を確かめるすべがありません。

ひょっとすると、「自分を信じて挑戦する勇気がなかった」だけかもしれないのです。

そして、世界を相手に自分の可能性を試せないまま年をとってしまった。

何も知らない子供に「いかに自分は絵の才能があるか」を吹き込んだ。

そんな可能性も考えられます。

 

もちろんこれは私の想像にすぎません。

ですが、本当に心から美術を愛する人は、

美術に興味を持ち、それに触れる子供を喜ばしく思うはずです。

そして、自分と同じ「学ぶ仲間」として暖かく迎え入れるはずです。

少なくとも、工学の世界において私はそういう気持ちでいます。

というか、そうでないとあっという間に成長が止まってしまいます。

父はきっと美術というフィールドでの成長をやめた自分を知っているのでしょう。

そして、「美術」で勝負しなくてもいい世界を選んだ。

 

そんな人の懐古に振り回されていたなんて、なんてしょーもないんだろう。

今は強くそう思えます。