手綱獲りの旅

いつのまにか時は流れおっさんになってしまってました。

生き延びることを至上命題にすれば平和かもしれない

人生の意味、だとか、理想の恋人、だとか、仕事の流儀、だとか、

そういうのはいったんおいといて、

「とにかく今日をできるだけ前向きな形で生き延びる」

ことだけを考えて日々を過ごしているような気がします。

その結果、結構調子がいいし、仕事でも家庭でもイライラすることがとても減りました。

また、仕事での成果も出やすくなっている気がします。

特に、第二子が生まれて家庭での忙しさがますます増えるようになったので、

この効果は絶大です。

 

思うのですが、「理想」をもって、それに向かってポジティブに頑張れる人がどれくらいの割合でいるのでしょうか。

私は残念ながらそうではないようで、

理想達成型で人生を送ろうとしていた時は、

理想からほど遠い現実を嘆くばかりで、

何事もろくに集中できていなかったような気がします。

そうなると、人間は何とかして現状に理由付けをしようとします。

そうすると、以前書いたように非現実的な解決案を本気で信じたり、

誰かを悪者にしてみたりと、

およそ前向きな地に足の着いたやりかたからは遠ざかるばかりでした。

 

かように、「理想」は危険です。

これは「隣の芝」と言い換えてもいいかもしれません。

というのは、往々にして「理想」は根拠が薄弱です。

「なんとなくその状態がよさそうだから」程度のものであることが多いのではないでしょうか。

にもかかわらず、理想から遠い状況に置かれると人は苛立ち、周りを呪う傾向が強まります。

「育児に積極的でかつ収入も多い夫」だとか、

「実家の両親とうまくやってくれて家事も完璧で美人で優しい妻」だとか、

そういうのが「危ない理想」の典型です。

そういう理想を本気で信じてしまうと、そうでない夫、妻を責め、軽んじるようになります。

目の前の人や状況をないがしろにして、今以上に人生がよくなることはないと思います。

 

それよりも、現実をベースにして、

ひとつひとつ少しずつ自分の思う通りの人生に近づける、という作業のほうがずっと簡単でかつストレスを作らないと思います。

その際に、「何が自分にとって本当に大切か」をきちんと見極めることに

相当の時間を使うのが結局は幸せな状態への近道なのではないかと思うのです。

そうすることで、「理想」から解き放たれた自分の人生の軸が見えてくるはずで、

それを基礎にして人生を構築すればわりと十分な気がします。

結局一日24時間ですし、人生は数十年で、すべてを手に入れるにはあまりに短いです。

なので、「何が大切か」について真剣に考え抜いて、

それ以外はある程度あきらめる、というのが

今の私の好きな生き方です。

そうすることで、結構いろいろと手に入る気がするのです。