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手綱獲りの旅

いつのまにか時は流れおっさんになってしまってました。

妙な「本気さ」「ガチさ」

「私は努力してるんで」

「俺、マジで頑張ってるんで」

「死ぬほど働いてますんで」

という感じで、努力している自分を臆面もなくアピールする姿はどうも気持ちが悪い。

特に、立場が上だったりうまくいった人がこれをやるのは、とても傲慢で、謙虚さを欠いている。

なぜか?

 

よっぽどのバカでない限り、

自分の成功をの原因を自分の力だけに帰結することはないだろうと思うからだ。

何かの結果において、運や状況など、自分のコントロールできないものの比率は大きい。

これをわかっていないのは単に経験が少なく、大した挑戦をやっていないということだろうと思う。

一生懸命やってもうまくいかないことなんていくらでもある。

それでも、一生懸命やるのは誰かにそれをアピールするためじゃなくて、

一生懸命やらないとただでさえ100%が保証されていない成功の確率がさらに下がり、ほとんどなくなってしまうからだ。

一生懸命やるなんてのは当然の話で、ある程度ちゃんとした人ならみんなやっている話なのだ。

だから、その中でたまたまうまくいったのであれば、謙虚に自分は幸運だったと思うのがまともな考え方だと思う。

 

どんな職業の人も人知れず大変さを抱えながら頑張っている、というのは当然のことだと思う。

ただ、多くの人はそれを表に出さないだけの矜持を持っているのだろう。

 

逆に、あまり必死さを表に出すとまずいのではないかという職種もある。

お笑いタレントなどはそうなのではないだろうか。

とある女性若手お笑いタレントの生活に密着して、という番組をちらっと見たが、

「絶対にビッグになる」

「昔自分をバカにした連中を見返してやる」

「ライブ前には練習をとてもたくさんやる」

「自分を追い詰めてネタを考える」

みたいな、「壮絶な芸人」像を強調する作りになっていた。

 

こんな風に自分を紹介されて大丈夫なのだろうか。

そんな芸人のネタを笑えるだろうか。

同情票のような人気がほしいと思っているのだろうか。

そもそも、「お笑い芸人」という普通の人なら目指さない、

ある種普通の仕事のセンスが通用しない世界なのに、

彼女の姿勢はまるでビジネスマンみたいなのである。

 

もちろん、戦略的に芸能界で長く生き残るために知恵を使うのは当然として、

それをここまで「必死な」感じで放送するのは

芸人としての寿命を縮めるのではないか、と余計な心配をしてしまった。

 

どうも最近、「こういう人が仕事ができる人」というイメージが

「職種にかかわらず」画一化してきている気がするのが心底気持ちが悪い。

(余談になるが、スーパーマーケットの品ぞろえがどの店でもほとんど変わらなくなっている。10年前はもう少しバラエティがあった。最大手以外のものがいろいろと取り揃えてある、というのが豊かさだと思うのだが、昨今の効率重視の流れではそういう意見は握りつぶされてしまうのか)

職種に応じて、もっというとより具体的な仕事の内容に応じて

「デキる人」(この言葉も嫌いだー)像は変わってくるのが道理だと思うのだが・・・

芸人なら、もっと破天荒でちゃらんぽらんで「こいつ大丈夫か」というような「芸人にでもなるしかしょうがない」タイプが

もっといてもいいような気がするのだが、

最近の芸人はすべからくビジネスマン的で小粒な印象を受けるのだ。

そしてこれは何も芸人だけではなくて、

「どうすればウケるか」ばかり気にして生きる小粒な世の中になっているような気がする。

「目標は」と聞かれたらとりあえず「世界にもっと笑顔を」と言っておけばいいような世の中だ。

 

本気、とか、ガチ、とか、そういうのは実は他人の目を前提とした区分であって、

結局「本気」と「そうでない」組に分けて、

「自分は「本気」組だから。おまえらとは違うから」みたいなことをいいたいだけなんじゃないかと思う。

私はそんなのは程度の低い話だと思っている。

 

より程度の高い、というか純度の高い基準としては、

「夢中」「没頭」があるのではないかと思う。

これは本気とかそうじゃないとかではなく、

もう物事の中に没入してしまって、

他人がどうとかいうのは一切関係がない、

純粋に個人内で完結する状態のことを指す。

そういう時間を増やしていきたいな。